サブカル回顧録

ゲームやコンピュータ等、一昔前の語り草

Windows夜明け前のパソコン事情⑤ PC-98シリーズ

今回はWindows95の出る前のPC-98シリーズを体験談を含めて話そうと思う。

PC-98シリーズと言えば当時国民機とも言われ、当時のパソコンシェア率も実に80%を超えていたというモンスターパソコンであったが、Windowsの足跡が聞こえるに連れてそのハードウェアも徐々に変更を余儀なくされていっていた。そんな時代のお話

前回の記事↓

setoalpha.hatenablog.com

さて、自分が購入したのは95年初頭。当時型落ちした9821Ap2を購入したんだけど、これが運の尽き。なにせ当時のA-Mateと言えば98シリーズのほぼすべてのゲームが問題なく動き、その上9821専用ソフトも動くという選ばれたゲーム機とも言えるべき存在でもあり、まさに最強の98とも言われていた。

そもそも9801シリーズがありながら、なぜ9821シリーズと言うものが生まれたのか?

これは当時Windows3.1にすでに突入しており、NEC側が今後のWindows時代を見越した設計変更ということで「9801シリーズの互換性+WindowsOSへの対応」をするためのパソコンとして9821シリーズを投入していた。他にも21世紀へ向かうための新しい98シリーズと言う意味合いもあったという話もあるが、実際21世紀を迎える頃には崩壊してしまったが…。

とは言え、初期の無印9821(初代Multi)やその派生のCe、Cs等の9821Multiシリーズはまだ試行錯誤だったこともあり未完成とも言えるテスト的な販売をしてたような感じだった。

そんな中、気合を入れて出してきたのが上記で語ったA-MateとB-Mate。

A-Mateはまさに9801の互換性+9821としての未来へのWindowsの対応を基本設計にした高級路線。B-Mateは9801の互換性+Windowsの対応を基本設計として発売。ただ、B-Mateは完全に失敗作であり、その後X-Mateシリーズへ変更を余儀なくされていっていた。B-MateはPEGCの対応が不完全で、そのあたりの中途半端なコストダウンが響いて購入した方々も阿吽絶叫状態だったとか…(当時自分も知り合いからB-Mateだけは絶対にやめておけ!と釘を刺された)

最終的にはMS-DOSとWindows3.1の両対応ということでA-Mateが最強のMS-DOSゲーム機(一部では最強のエロゲーマシンとも言われていた)として君臨したそんな状態。

その後、Windows95の発表とともにWindows95を見越した対応型9821シリーズとしてCanBeシリーズ、X-MateからMate-Xへ。A-Mateも問題なく対応は出来たが、設計思想が早すぎたこともあり、Windows3.1は問題なく移行出来たが、Windows95への移行は若干難があったことも思い出す(特に音源周りが足を引っ張っていた)

ただ、A-Mateシリーズは過渡期で発売されたとは言え、MS-DOSを使うには非常に優秀なパソコンだった。まず当時少なからず存在した9821専用ゲームソフト。これは9821専用と謳ってはいたものの、実際は初期MultiシリーズとA-Mateシリーズのほぼ専用ソフトになっており、これ以降の9821シリーズで動かす際には柵があった。と言うのも、9821専用と言うよりは、9821専用のPEGCモード+86音源が必須と言う条件で、この条件を満たす9821シリーズというのは純正ではこれしかないという状況。

この9821専用ゲームとして有名なのが「ポリスノーツ」と「バトルスキンパニック9821」。ポリスノーツはCD-ROMだったこともあって、さらに敷居が高かった。バトルスキンパニック9821は戦闘シーンが640x480モードに切り替わり、また同時に音声がPCMで再生されるため、86音源が無いとプレイが不可能(ただし、最初のbatファイルを編集してPCM音源命令を消してしまえば音声無しでプレイが可能)。ただFDDが8枚組だかそういうレベルだったのでHDDインストールがほぼ必須になってた。とは言え、当時のA-Mate含む9821シリーズはHDD内蔵型も多かったので、そこまで苦はなかったと思われる。

 

 そんな時代、Windowsもまだ少しだけ見えてきたそんな時、最後の輝きでMS-DOSゲームをプレイしていた。Ap2はCPUも486DX2-66Mhz、さらに内蔵HDDも500MBモデルを購入していたおかげで、全くもって難なくゲームが動いていた。当時遅いと言われていたA列車で行こうIVやルナティックドーン2、三国志IV等その他ゲームもむしろ高速すぎるぐらいでかなり快適にゲームが出来た覚えがある。特にシミュレーションゲームはCPU速度がもろに実測で出てくるので、待ち時間も短く快適だった。

同時に互換性の高さから9801時代のゲームも購入し、ブライ上巻&下巻、MSフィールド2’93、英雄伝説シリーズ等の枯れたゲームまでとにかく黄金期の終わり際だったこと&おかげでゲームがすげえ安価で買えたこともあってとにかく楽しみまくった。

『98シリーズの最後の輝き』

あのわずか数年は本当にその一瞬の一時だったんだなと改めて思う。

ちなみに、A-Mateだがその後冊子等を購入して見たところ、本当に突貫工事で設計していたらしく、特に初代は基盤の至る場所にジャンパー線が走っていた。最終的に安定した設計になったのは三代目のAp3とAs3で自分の持っていた二代目のAp2も初期のものはジャンパー線が若干走っていたり、一部モデルではPentiumODPの対応が不完全だったりと、当時のNECの混乱ぶりがよくわかる機種でもあると思う。本当に過渡期に設計された98シリーズだったんだなと感じる。その後X-Mateを経てMate-Xでようやく完全にWindows対応型になるわけだけど、これはこれでまた柵がずっと足を引っ張り続けるわけだが。

その後黒船(Windows95)の到来でパソコン事情は激震に走るのだが、それに関してはまた次に語ろうと思う。