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サブカル回顧録

ゲームやコンピュータ等、一昔前の語り草

Windows時代へ② 98&NT4.0 俺のハード編

今回はWin98時代の自分のPC構成を思い出しながら流れを追ってみようと思う。

setoalpha.hatenablog.com

さて、Win95時代も後期になってくると、OSR2等が出てきて徐々に安定度が増して行ったのだが、そんな中、当然のように自分のPCも一年ごとぐらいにどんどん進化をしていく。当時、こんな感じで強化していったような気がする。

CPU:PenriumII 266Mhz

マザボ:Gygabyte 440LX

メモリ:256MB

グラボ:RAGE128

その他パーツ:流用

たしか、最初のPentiumIIマシンがこんな感じだったかな。当時nVidiaのチップはちょっと画質がきつかったので、淡い感じのATI系にチェンジしたと思う。なにせ一回組み上げていたので移行は安くつくというのは大きかった。その後マイチェンでこんな感じになっていく

CPU:Celeron266Mhz @400Mhz

マザボ:Gygabite 440BX

メモリ:256MB(PC-100)

ケース:フルタワー

その他パーツ:流用

ここからベースクロック100Mhzマシンに変えたと思う&このあたりでWindows98に移行してたはず。あと、HDDとかが入らなくなってきたのでケースをフルタワーにした。この時代からCPUのクロック倍率が固定化されたこともあり、なかなかオーバークロック出来ない中、例の有名なCeleron266Mhz:SL2QGを選択。こいつは2ndキャッシュが無いとは言え、なにも考えること無くベースクロック100MhzのCPU周波数400Mhzで動くという狂ったCPUだった。しかも当時Penrium400Mhzが10万円弱とか狂った値段をしてた時代に、こいつは15000円弱と言う別の意味で狂った値段をつけていた。その情報をいち早くキャッチした自分は速攻で購入。大体そういう人柱的な行動をいち早く取るのは自分で、この情報が出た週末には速攻でマザボとメモリとCPUを買いに行ったとかそんな感じだった。その後、友人達は皆こぞってこのCeleronを購入し、全員400Mhz駆動させるという手段に出た。当時買った友人が数人とは言え、全員安定して動いていたという別の意味でどう考えてもIntelの大失敗CPUだったのである。2ndキャッシュが無いモデルだったけど、結局ベンチ上での差は出るものの、体感速度はまったくもって速く、2ndキャッシュも物理的に高速だったら全く問題なく速いね!と言う結論になった。ちなみにこのCeleron、実はネットがまだ普及していない時代にこの情報が出だしてたこともあり、当初は普通に在庫があったが、冊子で出だした頃には完全に在庫がなくなっていた。すでにこの時代からネットを使っていた強みが出た典型的な例でもあろう。

このあと、比較的耐性の高いと言われたCPUを色々と買って試してみたのだが、PentiumII 266Mhz@SL2W7、Celeron300A@SL2WM)結局この時代のCeleron266Mhzの安定性を上回るCPUにはお目にかかれなかった。他のCPUはやはり微妙に不安定になることもあったのだ。現実、周りの知り合いはかなり長い間このCeleronにお世話になっていた。

最終的には安価になったPentiumII 450Mhzを購入し、Windows98時代は主にこのCeleron266Mhz@400MhzとPenriumII 450Mhzをメインで動かすことになる。

そんな中、新CPUとしていよいよアレが出てくる。そろそろIntelに飽きてきたこともあるが、PentiumIIIに今ひとつマイナーチェンジ感も否めないこともあり、Windows98も安定期に入ってきており、また値段もこなれはじめてきたAthlonに手を出すことになる。

CPU:Athlon 700Mhz

マザボAsus K7M(AMD-751&VIA686A)

グラボ:All in Wonder 128

その他パーツ:流用

値段は覚えていないけど、すでにAthlonは750Mhzも出ており、700Mhzが異常な値下がりをしていたため、バランスを考えてこれを選んだと思う。その他パーツはほとんど流用してたので基本予算はあまりかかっていない。メモリはずっと256MBを維持していたのだが、当時のWindows98はそれぐらいあれば十二分で、またNT4.0も別段問題なく使えていたからである。

あと、途中経過をあまり書いていないが、この期間までにHDDは少しずつ増やしており、容量も当時で12~16GBぐらいあったと思う。まだ標準で2GBや4GBレベルの時代だったのだが、とにかくHDDは大量に当時から持っており、MAXまで積んでいたはずなのでこのぐらいはあったはず。他にもCD-Rドライブも徐々に変更して当初載せていたCDR-400tはすでに売却していた。CD-Rドライブの経緯は

CDR-400t(ヤマハ)→ CD-R55S(Teac) → CD-R58S(Teac

と変更していた。Teacドライブは当時凄まじい頑強さを誇り、あの当時としては東の横綱にプレク製、西の横綱Teac製という感じだった(多分)。少なくとも自分の周りでは大半がプレクかTeacのCD-Rドライブを使っており、すでに値段もこなれてきてたこともあってほぼ全員がこのどちらかのドライブを持っていたものだ。

という感じで90年台は最終的にこの組み合わせで乗り越えるわけだが、この最後に購入したK7Mがまあ、キテレツマザボだった。公式のドライバーをインストすると使っていて何かの拍子で特になにもしてもいないのにOSドライブを真っ白にするとかいうすげえことに二度ぐらいなった。どうもサウスブリッジのVIA686Aのドライバーが妙な悪さをしていたらしく、あまりの怖さに一時期サウスブリッジのドライバーだけ入れないとかそういうこともしていた。最終的には公式ページの最新ドライバーで収まったのだが、それでもデータが消えるんじゃないか?と言う思いは常に心の底に残っていた。正直あまりいい思い出がないマザボでもある。

当のAthlon 700Mhzだけど、さすがに前評判通り非常に高速CPUであった。なんだかんだでこのAthlon 700Mhzで一年以上は使っていたと思う。一年以内に小さいながらもCPU等買い替えをしていた中、一年以上変えずに使い始めたのがちょうどこのAthlon 700Mhzからで、この後買い替えスピードが鈍化していくのである。その当時感じたことは、OSの体感速度に対してハードウェアの進化スピードが速くなったのだろうという事。Windows95のときはまだ遅いと言われていたハードウェアがこのWindows98の末期ぐらいから追い抜き始めたと言ってもいいだろう。

そして、いよいよ2000年を迎えることになるのだが、次回はこのWindows98時代にパソコンで何をやっていたのかを話そうと思う。ネットも落ち着いてきていよいよ本格的なインターネット到来時代になった90年台後半は、それはもういろいろな意味でカオスな世界でした。