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サブカル回顧録

ゲームやコンピュータ等、一昔前の語り草

ゲーム機列伝⑥ プレイステーション誕生

スーファミも安定期~末期に入り、次世代機の話も出てきた頃、ソニーからプレイステーションが発売されることになる。プレイステーションは今も4世代目まで進んでいるが、実に初代は1994年12月3日発売ということで、すでに20年以上親しまれているということになる。今回は初代機当時のことを話してみようと思う。

プレイステーション(以下PS)は本来スーファミのCD-ROM対応機のスーファミ互換機としての名称だったというのは有名な話だが、色々とあーだこーだとあって決裂した際の遺恨の思いが募って出したソニーのゲーム機とも言われている。

生まれ変わったプレイステーションは3D機能を極端に偏向してつくられたゲーム機で、その発売までは紆余曲折その他もろもろとあったわけだが、そのあたりはWikiでも見てもらえればわかると思うのでここでは省略する。

当時発売されたばかりのPSはリッジレーサーというキラーソフトを準備したものの、それ以外のソフトはぱっとせず、また同時期にはつばいしたセガサターン(以下SS)と被ったソフトも多く、なかなかその独自性は出せていない状況でもあった。例えば極上パロティウスだぱずる玉グラディウスDXパック等のコナミ系のアーケード移植ゲームはSSでも当然発売されていたし、また初期~半年ぐらいで発売されていたソフトはまだまだ3D機能を使っただけという感じの実験的なソフトも多く、むしろSSよりも勢いはなかったぐらいである。なんとか鉄拳で巻き返しを図るも、当時の鉄拳はバーチャファイターに比べるとむしろマイナーなコピーゲームと言う印象が強く牽引するまでの力はまだなかった。また当時はまだまだ人気を博していたRPGということでアークザラッドを出すもそこまで劇的に売れていると言う感じではない。その後ときめきメモリアルが発売されたりとそれなりに秀作は出るものの飛び抜けたゲームも少なく、またその他多数のゲームも数多く発売されては来てるが今ひとつ勢いに乗れていないと言うのは明らかであった。

ただ、PSのすごかったところはゲームソフトのラインナップよりも優れたプレゼンテーションだったと思う。このプレゼンテーションと言うのは一般ユーザーに対するゲームCMと言う意味合いが強い。当時のゲームCMと言うのは良くも悪くも子供向けと言う印象が強く、また実際そういったイメージで作られていたものが多かった。ただ、ファミコンから触ってきているゲーム層はすでに20代前後になってきていて、年齢も感性も変化していたことも事実で、PSのCMはその世代をターゲットにしており、そういったゲームでずっと遊んできていた層とそれ以外のゲームをやってきたことのない層に対してうちだしたCMという名前のプレゼンテーションだったのだろう。実際、スーファミの末期ぐらいからそういうCMを打ち出してきたメーカーはスクウェア等含め少なからずあったのだが、まだまだそういうイメージ重視のCMは少なかった時代でインパクトは絶大であった。このあたりはさすがはソニーグループと言う感じでゲーム専門でやって来てなかった総合メーカーだったからこその発想だったのだろう。

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当時のPSの初期のキャッチコピーであるが、ファミコン等遊んできた層からすれば全然大したこともないことだが、一般層からすればそれはまた別の話でもあり、こういったキャッチコピーがとにかく秀逸でもあった。

また、定価販売と言う縛りがあったとは言え、ゲームソフトの値段が5,800円という低価格に抑えてきたのもポイントであろう。当時のスーファミソフトは末期になってきており定価ベースでは10,000円を超えるソフトが大多数で、ゲーム専門店でさえ割引を入れても8,000円前後になっており、とにかくインフレが異常で高価格すぎるが故に買う側も疑問符が生まれていた時代で、この時期に5,800円という価格破壊に近い定価販売が受け入れられたというのも理由にあるだろう。他にもソニーの戦略は他にもゲームソフトの流通経路を変更するなど(当時のソニー・ミュージック系の流通経路を利用する等)当時任天堂主導で行っていたゲームソフトの流通を一本化することで中間マージン比率を下げ、その分定価を下げられたとも言われている。

そんな中SSとの一騎打ち状態に陥り、追いつ追われつと言う形で激戦は続いていく。ただ、アーケードの移植物が多いSSと違い、とうしてもPSはオリジナルゲームが多く、同時にメーカー参入の窓口を広げていたこともあって、マニアックなゲームや実験的なゲームも多数あり今ひとつ勢いに乗れていないのは明らかであった。例えば同時期に出たゲームの中でストリートファイターZEROシリーズがあるが、完成度からすれば明らかにSS版の方が良く、PS版も良く出来ているがSS版に比べると劣ることも多かったし、またKOFシリーズもSS版の高移植に対してPS版の酷さは今もネタとして語られるぐらいひどい出来でもあった。ただ、光栄のシミュレーションゲームはそこまで差もなく、ハードウェアの得意不得意と言う面でも大きかったのである。如何せん当時はまだまだ格闘ゲームキラーコンテンツの一つでもあり、さらに2D格闘ゲームが元気だった時代でもあったため、どうしても3D機能に特化したPSでは分が悪いというのもあった。このあたり(96年中旬)までははっきり言えばSSの方が明らかに勢いがあったのである。

潮目が変わったのは96年前半のファイナルファンタジーVIIのPS発売決定であろう。当時のスクウェアは単なるソフトウェアとは言えないぐらい大きな影響をゲーム業界に与えていて(今ではとても考えられないが)スクウェアのゲームソフトが出ると確定している以上任天堂の新ゲーム機が絶対に勝利するとも言われていたぐらいで、そんなスクウェアが突然PSでファイナルファンタジーシリーズの新シリーズを出すとなり、PS側に一気に潮目が変わってしまう。

またソニーの戦略は、このタイミングで新本体を発売しさらに一気に値下げも敢行。同年3月末に鉄拳2の発売に合わせてファイティングボックス(コントローラx2個同梱)のモデルを24,800円で、さらに6月にはコントローラを1個にするも19,800円に値下げ、ファイナルファンタジーが発売される直前の11月にも新本体を投入し、矢継ぎ早に販売攻勢を仕掛けてくる。ソニーの新本体は今までのゲーム機とは違い、いわゆる家電屋の発想で作られており年数をかけて同じものを作るのではなく、年数をかけてアップグレード&コストダウンをしていくという発想で、本体のマイナーチェンジ=アップグレードと言う形に近く、同時にコストダウンも図るということも行うという今までのゲーム機とは全く違うアプローチで攻めており、当時の技術的な向上もあってマイナーチェンジした新本体を発売してきていたのだろう。だがファイナルファンタジーとタイミングを合わせて、一年に3回も新本体にアップグレードしてきた上に値段を下げてきたのは戦略として非常にうまかったと思う。

そして97年1月末にいよいよファイナルファンタジーVIIが発売されるわけだが、このファイナルファンタジーの発売で完全に勝負がついてしまう。当時のスクウェアの勢いをまざまざと見せつけられたSSはここを境目に減速していき、浮上することはなかった。96年半ばにようやく発売してきた任天堂の新ゲーム機N64も発売後半年でファイナルファンタジーの最新作を敵ハードに出され、出足をくじかれスーファミから続いてきた帝国もついに崩壊してしまう。が、任天堂の場合は年齢層の低い子どもたちをターゲットにしてきたことや以前書いたGBの好調もあって、壊滅的な状況まではいかなかった。だが、この後据置ハードにおいては暫くの間冬の時代を迎えることになる。

結局、スクウェアのPS陣営参戦でほぼすべてが終わってしまう。もちろんスクウェア参入前もソニー側は努力をしてきており、スクウェアの参入はあくまで結果論ではあったが、このソニー側の行ってきたことも影響は少なからずあったのだろう。最終的にRPG人気が強いソフトを持つハードウェアが勝つと言われていた時代にスーファミ時代のスクウェアの出していた人気シリーズはほぼすべてPSへと移行され、トドメはドラクエシリーズの最新作の発売であろう。ドラクエ最新作の発売の時点ですでに勝負は決していたが、この決定でソニー陣営の完全勝利となり、セガ任天堂は完全敗北を達成してしまうことになる。

途中には細かい流れがあるのだが、ざっと当時の流れを書けばこんな感じだろう。ファイナルファンタジーVIIは当時本当にすごかった。コンビニ流通もこの時に始まったし、周りの知り合いは皆こぞって購入して楽しんでいたし、ゲーム雑誌の盛り上がりも半端じゃなく、今では考えられない世界だった。動画とゲームが融合していたというのも初めてで、PSのやりたかったことが垣間見れた一瞬でもあった。また鉄拳2も地味ながらブレイクしたソフトで、当時アーケード基盤がPS互換基盤ということもあり、アーケードと遜色ないプレイが出来たというのも大きかった。この鉄拳シリーズのブレイクはアーケードよりもPSでの発売も大きかったと思う。正直アーケードからでなくPS版から入ったというユーザーも多かったことだろう。PS版から始めても昔とは違い、アーケードでやっても感覚は同じで何も違和感なく出来るというのは本当に大きかった。

その後PS2が出るまでPSは売れ続けることになる。最終的には据置ゲームハードのシェアを完全に任天堂から奪い取り、ゲームハードの盟主となったソニーはその後PS2の発表&発売へと続くわけだが、これはまた後に話してみようと思う。

次回はPS本体の型式販売について少し語ろうと思う。