サブカル回顧録

ゲームやコンピュータ等、一昔前の語り草

今までパソコン用記録メディアで見たことがあるもの⑥ PS、SS、Windows番外編

 CD-Rドライブ普及により、データバックアップだけでなく当時のCD-ROM媒体のゲームがなんとかならないのか?と思うのも必然。90年台後半のゲーム機CD-R事情を少々話してみようと思う。

setoalpha.hatenablog.com

CD-Rドライブが普及していく時期とPSやSS、WindowsへのCD媒体が採用されていった時期はちょうど同タイミングぐらいになる。PSやSSは厳密にはすでに普及していたのだが、全盛期を迎えるちょうどそのぐらいのタイミングでパソコンへのCD-Rドライブの普及も加速度的に増えていっていた。

そんな中、楽勝でどうしようもなく簡単にバックアップが取れたのがWindowsソフト。ビジネスアプリからゲームまでとにかく簡単にバックアップが取れるようになったのである。当時はライティングソフトがまだまだ今一つなものが多かったので、なかなかバックアップもうまく行かなかったのだがちょうど普及期にになると安定したライティングソフトも現れてきてとにかく全く同じCDをバックアップで作れるようになってきた。今では当たり前であるが、isoイメージで読み込んでバックアップが安定して取れるようになってきたのがこの時代で、特にNeroとB's Recorder GOLDの二強でもあった。自分は前にも語っていたとおりNeroを愛用していたが、Neroはどっちかといえば当時のEasyCD Recorderの流れで少し設定が細かく出来るため若干とっつきにくいソフトでもあった。逆にB's Recorder GOLDはかなり簡略化されとっつきやすさから人気を博したソフトでも有る。

例えばどちらのソフトにもあったのがCDダイレクトコピー機能。今であれば当たり前のこの機能も当時としては非常に画期的で、簡単に言えばCD-Rドライブにディスクと突っ込んでコピーボタンを押せば自動的にデータを吸い出してくれ、吸い出し完了後にディスクが排出された際にCD-Rメディアを入れればそのままバックアップが取れるという機能でもあった。Neroはそのうちバージョンアップが進むに従って、CD to CDのダイレクトバックアップが出来るようになり、CD-ROMドライブとCD-Rドライブがあれば同時にダイレクトでコピーできるというお手軽極まりない機能すら追加された。まあこれに関してはどうしても読み込みミス等が発生すると確実に死亡するため、あまり使わなかったが手間がかからないということで安定して使えるときは結構使ってたりした。他にもWinCDR等どちらかと言えば初心者向けのB'sやWinCDR。ある程度慣れた人向けのNero。極端な調整をしたい人向けのCDRWIN等もあった。ただB'sやWinCDRは初期の頃は本当に使い物にならない大不安定ソフトだっただけに、企業努力は本当に凄まじかったんだなと思う。Neroは海外では出ていたものの、日本ではほぼ最後発だったがその多数の機能性で好まれた。またEasyCD RecorderもメジャーアップグレードでEasyCD Creatorになったが、バックアップ機能が今ひとつ弱い(要はぶっこ抜きコピーが少し弱い)ためあまり使ってる人は少なかったが、使いやすさと言う意味では一番わかりやすかったと思う。CDRWINと言うソフトも存在しており、これは非常に特殊なソフトでNeroが出るまではバックアップ用途には最強と呼ばれていた。ほぼバックアップ専門の強力なソフトだったのだがNeroの登場でごく一部のマニア以外は使わなくなる。最終的にはPCエンジンCD-ROM2ドリームキャスト等の特殊型バックアップで活躍するようになる。

PCエンジンCD-ROM2は1トラック目にオーディオ、2トラック目にデータという感じで当時のCDからは少し外れた仕様になっていたため普通のバックアップソフトでは全く歯が立たない仕様であった。

そもそも当時のWindows用のCD-ROMはプロテクトは全く存在していなく、単純にバックアップしてしまえば普通に使えるという代物であった。そういうわけで当時人気を博したゲーム機でもあるPSやSSでも同じように出来ないか?と考えるのは当然である。だが、もちろんソニーセガもそんなことわかっていたことでそれぞれプロテクトを入れてくる。ソニーはCDが焼くことの出来ない更に内周にセガはCDの最外周にゲーム機特有の読み込み用の信号を入れてきた。ちなみにPCエンジンの時代はまだCD-Rが高すぎる以前にマスタリングするものであった時代であったため、ノンプロテクトであった(そもそもCD-ROM自体がプロテクトになる)。ただPCエンジンはまだフォーマットが決まっていない時代のものであるため、別の意味でバックアップが取りにくかったのだが…。

話を戻してPSとSSのプロテクトはこんな感じで起動ルーチンが働くと言われている。

電源 → CDに付随している信号を読み取る → 信号を本体側でチェック後起動

最初の起動時にCDの最内周(PS)または最外周(SS)で信号をチェックした後に本体が初めて起動するというものである。なので本来であればバックアップをとってもこの信号まではバックアップが取れないため(そもそも信号はデータとしては入っていないため)全く起動をしない。ところがこれを回避するために考える人は考えるもので、だったら最初から信号を擬似的に出してしまえばいいと言う発想で本体に直に信号を発生するチップを埋め込んでしまおうという人が現れた。これが俗にいうMODチップであり、サターンキーでもある。この2つは当時普通に秋葉原や大阪日本橋あたりで売られていたもので、誰でも簡単に買うことが出来た。確か当時はMODチップが2,000円ぐらいでサターンキーが3,500円ぐらいであった。MODチップはどんどん進化をしていき、当初は足が16本の8結線型のICチップだったのが、そのうち足が8本で6結線型に切り替わり、最後は4結線型までになっていった。この結線というのは直接PS本体を分解してチップをハンダで基盤に付けていくというかなりの荒療治。ある程度のハンダコテ経験者でないと本体をぶっ壊しかねないというものでもあった。最終的にはチップを作るためのパラレルポート接続の基盤を販売するサイトや店も現れてきて、同じ型式のチップを買ってしまえば、自分でMODチップが作れるという状態にまでなった(このチップ自体は普通に売られていて当時1個150円程度で購入できた)。途中一部ソフトは追加プロテクト等もあり色々とあったのだが、その追加プロテクトはソフトウェア側に入っていると言うものだったため、今度はイメージを読み込んだ後パッチファイルでイメージ自体のプロテクトの場所をカットしてプロテクトをなかったことにしてしまうとかそういうツールまで現れてきて、結局そういう本体そのものを改造をするユーザー自体パワーユーザーだったこともあり、追加プロテクトも結局は意味がなくなってしまっていた。

MODチップの結線(4結線タイプ)

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逆にサターンキーはと言うと、こっちはMODチップとちがって非常に簡単でサターンのCD-ROMドライブと本体をつなぐフラットケーブルを取ってこのサターンキーを間にかますというだけでとっても簡単。ドライバーが使えればほぼ誰でも出来るという色々とまずいものであった。ただ、サターンキーは自作はもちろん出来ない。手軽さと言う特性上プリント基板を使っているためまあこれを自作するのは無理ですね。ただ、サターンの場合は4MRAM等拡張ラムのソフトは買わなければどうしようもなかったし、そういう意味ではPSほどあまり盛り上がってなかった。まあサターンキーが出るころにはすでにPSに敗北している状態で(FFVIIが出たあとだったし)そんな状態でサターンを選ぶユーザーも少なくなっていたためだとも思うが。

サターンキー:左側を経由してプリント基板をブリッジさせて使用する

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そういう感じでPS、SS、Windowsとやりたい放題されていたわけだが、そんな中ゲーム機は特にCDレンズの読み取り等が色々と話題になっていた。SSの方は特に問題なかったのだが問題はPS。PSのレンズはとにかく弱いというのが当時の鉄板で、有名なところに初代PS本体は最終的に横にしたりひっくり返したりしないと駄目と言われており、実際使い込むとレンズが少しずつ沈んでいくと言う感じで読み込み精度が落ちると言った事例もあった。レンズ部にプラスチックパーツが使われており、使い込みによる摩耗が原因だったと今は言われているがそういうわけでPSは読み込みが弱いという話になり、CD-Rメディアも色々と選ぶと言うのが当時の見解であった。とは言え当時の国産メディアは何も問題ないのだが、単純に焼き速度を4倍速まででというのが暗黙の了解であった。と言うのも当時8倍速ドライブも出てきていたのだが、8倍速で焼くとどうにも個体差で読み込み不良が出てくる本体が発生してきて、そういう本体も再度4倍速で焼き直すと同じメディアでも普通に読み込むと言う事例が多かった。CD-Rは高速で焼けば焼くほど少し焼きが甘いと言われていて、単純に遅く焼けばデータが濃く、早く焼けば薄く焼けるという感じ。実際遅く焼いたほうが焼いた色面も薄くなっていてよく焼けたねと言う感じでもあった。本当かどうかはおいておいて、実際個体差でそういう事例が多かったのでなるべく4倍速で焼いていたのである。当時自分はPSを三回買い直しており、別にバックアップがどうこうでなく単純にまともに動かなくなったからと言うのが真相。

PSとSSの全盛期直前~末期の時期にパソコン用のCD-Rドライブが全盛期を迎えてしまったのがそもそもの始まりだったのだろう。当時のPS、SSの改造はインターネットの普及も相まって一部の間ではものすごい盛り上がっていた。もちろんごく一部の間だけではあったのだが、こういった穴を探すのもまた面白さのうちの一つであったと思う。MODチップに関しては今検索してもまだ出てきたりする。もはや役に立つものではないが、裏歴史として見てみるのもまた面白いのでは?と思いますね。