今回は1998年7月号から。ちょうどCeleronがこの時期にデビューすることになる。またベストセラーといえる440BXチップセットもちょうどこの辺りで発表となると言った感じで、いよいよ自作PC界隈もターニングポイントを迎えることになるのだが、この時点ではまだ440BXは出たばかりで値段も高かったためまだ普及機ではなく導入機であった。
表紙
ちょうどCeleronが出る頃と言うことで互換CPUを中心に値段に変化が出てきた時期でもあった。
目次
値下がりをしだした低価格CPUの特集を中心に値段もこなれてきた初期PentiumII、あとはWindows98時代に備えたPCやマックの自作等が今回のメニューである。
巻頭記事
K6の暴落は実際のところ結構凄まじいことになっていて、もはや怖くて手が出せないと言った状況であった。購入側でもこんな状態だったということは販売店側からすればさらに痛い状況だっただろう。またナンバーナイン日本支社の撤退も一部で話題になっていた。Revolutionシリーズは結構性能も高く、ポストMilleniumという感じで言われていたが、やはりドライバーの作り込みという点で周りもどうしても一歩が踏み出せないと言った感じであった。そもそもRiva128旋風がすごすぎたということもあるが。
また前回語ったPC100メモリの対応はまあこんなものだろう。実際対応メモリを買ったところで先はどうなるかわからないことや、値段は確実に下ると言われており、だったら来たるべき440BXが出たときでいいよねという感じでもあった。最後にCyrixであるが、結局このあたりで潮時というべきかこの先あまり聞かれなくなっていく。
巻頭特集 今が旬!低価格CPUの賢くおいしい購入術
当時のCPUの価格推移表。見てもらうとわかるがIntelやCyrixが比較的価格が安定していることに対してAMDとC6は非常に不安定であった。こういった価格推移を見て購入していたのだが、やはり購入タイミングは非常に難しく、そう考えると安定的なIntelを購入という形になっていたのは仕方なかっただろう。なおこの頃はIntelのCPUはアキバの雑居ビルの中にある小さなPCショップでバルクで売られていたりして、今みたいな表通りの店だけでなく結構イレギュラーな店舗でもかなり扱われていた。又そういう店舗では得てしてレア型式が売られていたりしていたのでそういった意味でも需要はあったわけである(俗に言うSL2QGのCeleron、SL2W7・W8のPentiumII等)。
登場直後の値段なのでCeleronはまだ2.2万となり、K6よりもまだ価格が高くコスパという意味では今ひとつである。ただこの後Celeronは怒涛の値下げを行い、1.5万を切り出し、その時期に例のSL2QG&440BXの組み合わせにより完全にK6は崩壊してしまう。同時に自作界隈では100Mhz対応PentiumIIすらも駆逐してしまうのだがw。なにせ2ndキャッシュがないだけでほかは全く100MhzベースのPentiumII 400Mhzと同等。当時の2ndキャッシュはそこまで影響がなかったため、体感速度はほぼ同じでわざわざ高額な100MhzベースのPentiumIIを買う必要がなくなったからだ。ちなみに当時のPentiumIIの価格はなんと10万円である。半値どころか1/4以下でほぼほぼ同等のシステムが構築できたのである。
なのでこの後にPentiumIIIが登場し700Mhz程度まで向上するまではこのCeleron@400Mhzで長期間使っていた人も多いだろう。結果的には低価格CPU路線は完全にCeleronが牛耳ってしまうわけだ。またCeleronはこの後にSL2WM旋風も巻き起こし完全勝利をすることになる。
一応当時の状況からと考えた場合の結論がこちら。ただ先程も話したが、SL2QG事件が発生してしまい、結果的に初期PentiumIIユーザーですら440BXとCeleronの組み合わせというイレギュラーが発生。最終的には440BXのデビューとともに低価格CPUで最もコスパが良いCPUはCeleronになってしまう。それもPentiumIIを超えるレベルで。なのでこのベストチョイスはあくまで440BXが出る前までと考えるべきであろう。ちなみにC6は妙な設計もあって当時の9821シリーズ(特に後期型X-Mate)のユーザーに好まれていた。
Part1 初級スロット1PC編
Part1のコンセプトは安価にPentiumIIマシンを組み上げるということで主にパーツ選定から安価なものを候補に上げつつ、あえて最高のPentiumIIを作った場合と比較をしている。当時は440BXが出てきてつなぎと言われていた440LXマザボは本当に捨て値になっていて1万円を切るものが大半でもあった。そう考えた場合440LXと一番安い233MhzのPentiumIIを組み合わせ、さらにメモリも66Mhzという選択をすれば相当に安く組めたのは間違いないのでいよいよSlot1も低価格PCに視野が入ってきたというわけだ。
ここで見てほしいのは予算表である。PentiumIIの値段でほぼほぼ総額が変わってくる。ここをSL2QGのCeleron266Mhz@400Mhzに切り替えた場合予算的にはPentiumII 233Mhzよりも更に落ち、最終的には15万程度になるわけで、これとPentiumII400Mhzの値段を比べると実に10万弱の価格差になってしまう。もちろん予算はまだまだパーツで絞れるのだがそれにしてもPentiumIIマシンがこの価格帯まで落ちてきたというのは非常に魅力的で、特にすでに自作PCを組んでる人からすればパーツ単位の買い替えになるためかなり安価で切り替えられるメリットも大きくなってきた時期でもあった。
一応経過と結論を少々抜粋。結局コスパという意味では高速なPCはまだまだ当時も必要なかったということだろう。というのも今と違ってWindowws95や98上で動かすソフトでそこまでスペックを要求するソフトが少なかったこと。今みたいなゲーミング環境はまだまだなくせいぜいエロゲーとエミュレータ程度。正直オーバースペック時代であったことは否めない。普通に使うのであればもう少し安価に組んだほうが現実的であったということだろう。
Voodoo通信
もはや過去の遺物ではあるが(そもそもショップ探訪で紹介されているOVERTOP秋葉原店がすでに存在していない…)一応Voodooは盛り上がっていたんだよという意味も込めて…。
ビデオカード10枚対決!ビデオカード・ワールドカップ
当時のグラフィックチップはどんなものだったのかという意味も込めて。見ての通り今みたいにnVidiaとAMDの二強ではなく群雄割拠時代。こういう特集もあったのだよと。
Part2 中級標準機制作編
Windows98時代への準備パソコンと言った特集。もちろんトラップが今回もあるわけだが…
見ての通りまだ発売前のOSであるのでなるべく安定性の高いものをという感じのチョイスになる。
そして落ちはDVD…。なにせこの時代はDVDはまだ普及どころかほぼほぼなかった時代。なかなかにチャレンジャーなことしているなという印象。DVDの本格普及はPS2の普及と同時になるのでそう考えると実に2年近く前にやってるわけでそりゃあまだ難しいよねという感じだろう。
Part3 マック自作編
これは当時を知らないとなんのこと?というイメージだろう。マックのベアボーンキットが本当に一時期だけ出ていた時期があった。ちょうどアップルが非常に芳しく無くなっていた時期だったのだが、これも確か一年ぐらいで立ち消えとなる。結局マックはまた独自路線に戻るのであるがそんな時代の流れで出てきたカオスな状況といってもいいだろう。
結論から言えば保証のないバカッ高いマックを自作するよりは、最初から買えということだろう。実際のところ当時もマックユーザーにこの話をしたところ、そもそもマックは自作しないという返答が帰ってきた。それも当然であろう。マックユーザーはアップルからマックを買うことがステータスであって自作して安く上げるとは又別の世界に生きている。当然この自作マックが衰退したのもある意味当然だろう。ユーザーはそんなものを求めていないからだ。
Part4 上級無線LAN編
なんというか、この時代にこんなことするとか時代を先駆けてるにも程がある。もちろん速度も全然遅く話にならない。が、これは本当にロマンの一言であろう。当時はインターネットも64Kbpsや128Kbpsの時代。そもそも無線の時点で速度が出るわけがないのである。なお、有線でやったとしても10Mbpsが関の山。ただそれでも速く感じたのだ。
ある意味今の時代の先取りという感じだろう。が、やはりこの時代ではまだまだ早すぎるとは思う。ただこういったぶっ飛んだPC自作派のコンセプトは個人的には好きだったのでまだ見えぬ時代を考えながら読んでいたのは今にしては面白く思う。結局今はほぼほぼこれ以上の構築ができるようになっているわけだから。
総評
今回はこんなところで。
PC自作派の紹介は紹介ページが多くなるのでどうしても時間がかかることと、資料的なもので出してる分画像だらけになるので終わるのにちょっと時間がかかってしまうのがなぁ…。正直文字だけ書くほうが楽だったりするんですよね。