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サブカル回顧録

ゲームやコンピュータ等、一昔前の語り草

今までパソコン用記録メディアで見たことがあるもの③ 光ディスク CD-ROM&CD-R編

パソコン

 今回はCD-ROMとCD-Rの普及期のときの話をしてみようと思う。

setoalpha.hatenablog.com

CD-ROMは今でこそ普及に一段落つき、民生用の音楽CDプレイヤー等ぐらいだが、当時はCD-ROMではなく音楽CDとして家庭に普及し、またポータブルCDプレイヤー等、90年台の音楽には欠かせないプレイヤーでもあった。その後ポータブルCDプレイヤーはMP3プレイヤーに変わりスマホへと変わっていくのだが、そんなまだCDプレイヤーのあった時代はまだまだ高価なものでもあった。

有名なところにCD-ROM2としてゲーム機とは言え初めてコンピュータに採用されたのがご存知PCエンジンCD-ROM2システム。なにせ物品税と言うものがあった時代に出たもので当時の定価としてはなんと59,800円。こんなもの子供で買えるのはスネ夫ぐらいで普通に持ってる人は正直いなかった。

そんなCD-ROM導入期を過ぎ、90年台をすぎるとパソコンにもちらほらと導入されていく。FM-TOWNSシリーズは初代からCD-ROMを導入してたし、9821シリーズもMultiからはCD-ROMを搭載し、Windows95が出る前ぐらいになるとほぼすべてのパソコンにCD-ROMが導入されていた。そんな中、CD-Rドライブが導入されるのも時代の流れで、まだCD-Rドライブが高価だった時代に、9821ではCanBeシリーズの最高峰Ct20に導入されたり、その他パソコンも少しずつ導入されていく。

その後自作パソコンブームが訪れ、そんな中CD-Rドライブもそのブームにのり、値段も少しずつ下がっていくのだが、このブームに一大センセーションを巻き起こしたのが、名機とも言われるヤマハのCDR-200と400シリーズであった。

CDR-400tは初期はキャリーで後期はトレイタイプ。読み込みも書き込みも4倍速と今から考えると低速であるが、まだ当時は書き込みは2倍速が主流の時代で、そんな中4万強と言う当時としては非常に低価格で一気に普及価格帯に乗り込んできた。その後値段が予想通り落ちていき3万弱まで落ちてくるのだが、それでもこのドライブの息は長く、長期に渡って売られていた。自分を含め数人の友人がこのCDR-400を購入しており、時期によって前期型と後期型という感じであったが、そこそこの安定性と焼き品質で好評を得ていた記憶がある。ただ、使ってる人を見た感じ後期型の方が若干不安定だったような気もする。ただ、このヤマハのドライブは長期間使うとヘタって来て、1年ぐらい立つと焼きミス等の発生が高くなり、最終的には1年強で買い替えたドライブだった。

そして、少し遅れて発売されたCDR-200はさらにユーザーを増やす。このシリーズは読み込みこそは4倍速であるが書き込みが2倍速と半分でその分安く、最初から3万弱の値段で安価なドライブという感じであった。ただ、インターネットに改造記事が乗り、簡単な改造で4倍速と同じになるということから一気に人気が出てかなり普及したのである。2倍と4倍では書き込みの時間の差がかなり大きく、20分弱と40分弱では明らかに時間が違うため、皆がこぞって改造していたようだ。もちろん自己責任になるし、自分は先に400シリーズを買ってので改造もなく使っていたが。

その後CD-Rドライブは普及価格帯に下がってくる。ヤマハの価格破壊とも言える販売を経て、この後1年ぐらいで一気に多種メーカーから書き込み4倍速対応ドライブが発売されていくのである。ヤマハソニープレクスターTeac、リコー、ミツミ、パナソニックNECと次々と普及価格帯のドライブが増えてきた。その中で当時発売されたドライブの中でも特に安定度が高く今でも名機と呼ばれるものの中にはプレクスターPX-412CTeacCD-R55S、ソニーCDU-948Sと言うドライブが誕生してきた。それぞれを当時を振り返りながら紹介しようと思う。

プレクスターPX-412Cは当時ヤマハの2&4倍速ドライブを使っていたユーザーの結構な数が乗り換えたドライブでもある。また、値段が2万円を切ってきた時代のドライブでもあったことで、その評判の良さもあって新規でこのドライブを買ったと言う人も多かっただろう。書き込みは4倍速と変わらないながらも読み込みは20倍速まで速度アップされ、読み込みの速度の向上が大きかった。なにせ当時のリッピングソフトはCD-Rドライブでないとまともにリッピング出来ないものも多く、CD-Rドライブでリッピングをし書き込みもするのがほぼ大半。当時CD-ROMはすでに16~24倍速まで出ていたが、なにせCD-Rドライブはまだまだ8倍速程度。このプレクスターの20倍速と言うのはいろいろな意味でも使い勝手がよかったのである。また、プレクスターのCD-Rドライブは出た当初から非常に高い安定性を誇り、またリッピング精度や書き込み精度の高さも相まってかなりの高評価でもあった。当時ヤマハのドライブがすでにヘタってきていたユーザーも多く、そういう意味でも乗り換えが多かったドライブでもある。聞きなれないプレクスターと言うメーカーの出した初めてのドライブとは言え、その完成度と安定性の高さに皆こぞって購入してたものだ。

次にTeacCD-R55S。このドライブは先に上げたなかでもかなり後発のドライブでもあったが、一部でコアな人気を博したドライブでも有る。ちなみに、自分はヤマハのドライブの次に買ったドライブである。値段は当時から安く、初値でも15,,000円以下。スペックは先にあげたプレクとほぼ同じであるが、唯一キャッシュが1MBと半分で読み込み速度が12倍とプレクよりも少し低い。その分値段が安いということでもあるのだが。このドライブの特徴はとにかく値段が安く、同時にものすごい安定性と頑丈さがある。キャッシュが当時の4倍速ドライブの半分の量なのに書き込みミスも少なく、またトレイが非常に特殊で通称高速トレイ、出て来る速度とその音が気持ち良い。多分書き込みミスの少なさは、当時のパソコン環境がすでにPentiumIIに移行した後によるものも大きく、システムがかなり安定してきたこともあるのだろうとは思う。事実、この普及期のドライブはあまり書き込みミス等が聞かれなくなってきていて、単純にマシンスペックの向上と言うメリットもあったのだと思う。このドライブの使用期間はながく一年半ぐらいは使っていたと思う。とにかく焼きミスしない、壊れない、と言う感じで800枚ぐらいは焼いたんじゃないかと思う。最終的には知り合いに安価で売却をした。

最後はソニーCDU-948S。実はこのドライブに関しては当時の評判しかしらない。なにせ周りで買った人が一人もいなかった。ほとんどが先に話したプレクかTeac製でこのソニー製は誰も買わなかったのである。ただ当時の評判は非常によく、一部ではプレイステーションのマスタリングに使われているドライブとも言われ、そういった目的の人たちが買っていたとも聞いたことがある。ドライブ自体も安定度は高いらしいが、なにせ使った人がほとんどいないのでこればっかりは何とも言えないが、そんなに悪い話も聞いたこともなく、また長期に渡って売られていたということを考えても非常に安定性の高い高品質なドライブであったのだろう。ただ、PS用マスタリングドライブということが知られ、その安定性も評判になり少し当時の同スペックのドライブからみると高値で推移していた。

大体、この3機種の登場でCD-Rドライブの普及が本格的に始まったとも言える。当時はまだSCSI時代で、ドライブ+カードと言う金額がかかるものの、SCSIカードも値段がこなれはじめており、またPentiumII以降のシステムが標準化されパソコンそのものが安定度を増していったことも普及率を高めた理由でもあるだろう。この後は順調に速度向上をし、8倍→12倍→16倍→24倍と順調に進化していく。一年たてば速度はほぼ1.5倍速になっていくような感じのスピードでとにかくどんどん速度は上がっていった。同時にCD-RW対応化へと変化をしていく。そんななか、SCSI時代に出た名機も多数あり、プレクからはPX-W124T1210TTeacからはCD-R58S512Sと、順当に各メーカー読み込みと書き込み速度を向上させ、さらに加速度的に普及していく。そしてPentiumIII時代になっていくとATAPIによる足かせも減っていき、ついにSCSIドライブからATAPIドライブへと変化していくのである。

このSCSIからATAPIの変換期は同時に混乱期でもあった。なにせ、当時はATAPIだと音質が落ちるとか、データ品質自体が落ちる等と言われており、自分もそう信じていた。が、結局それはオカルトであり、またATAPIがまだ遅かった時代の名残でもあったのだが当時はそんな感じでなくかなり殺伐としていた。当時のATAPIドライブはリコードライブの独壇場で可も不可もない普通のドライブであったが、自作パソコンやメーカー品パソコンでSCSIカードがいらないという意味でも徐々に頭角を表してきていた。もちろん自分のようなマニアが周りにしかいないユーザーからしてみれば眼中にも入ってなく、好きにやってくれみたいな感じで放置プレイしていたのだが、そんな中プレクスターから衝撃が走る。なんとATAPIのCD-Rドライブを発売。さらに外箱がえらいハデハデしくていろいろな意味で衝撃だった。もちろん自分含むマニアな方々は買わなかったのだが、蓋を開けてみるとこの商品は大ヒットしたらしく、同時にSCSIドライブの終焉もこの時に始まったのだなと今になっては感じる。その後ある程度情報が揃った後、知り合いがこのプレクのドライブを購入し何も問題なく普通に使えると言っていたことを思い出す。ちなみにこの後だが、大体16倍速書き込みぐらいまではSCSIモデルとATAPIモデルが併売されていたが、この速度のあたりでPentiumIIIやAthlonの普及が進み、その後の高速化はATAPIに完全にシフトしていくことになる。また2000年を超えるとDVD-Rドライブの足跡が聞こえ始め、最終的にCD-RドライブはリコーがDVD-ROMとのマルチドライブとして販売していき、プレク、Teac等のその他メーカーも頑張っていくが代償として尖ったドライブという意味では特徴が無くなり、2002~3年ぐらいで打ち止めとなり、一部の台湾製のドライブ(Lite-ON等)を覗いて国産ドライブはDVD-Rにシフトしていくことになる。そのDVD-Rドライブも最終的にはPioneer以外はすべてほぼ撤退という感じになるのだが…。

同時にこの移行期は妙なものも多く存在した。SafeDiscやCCCDコピーコントロールCD)を代表としたプロテクト系。自分はそこまで気にはしていなかったけど、CCCDはCD-ROMドライブを一台だめにした覚えがある。また、ちょうど移行期ということもあって、DVD-RAMドライブも一度買ったことがあるが速攻で売却した。容量の多さは本当に問題なくMOドライブと同じような感じでコピーできるドライブだったのだが、なにせメディアが高いことと転送速度がむちゃくちゃ遅かった。正直当時の自分の用途に耐えられないとの判断で買ったが一ヶ月もしないうちに売却した。他にも90年台後半にはPDドライブなるものもあったりしたが、結局先のDVD-RAMも含めてCDの汎用性には勝てなかったというのが真相だろう。

そんな中、当時自分が買ったSCSI CD-Rドライブはこんな感じ。ヤマハのCDR-400t → Teac CD-R55S → R58S → R512S → R516S、番外にCD-532SSCSI時代はこのあたりで打ち止めだったと思う。完全にTeac信者だった自分は58S、512S、516Sの3台体制で動かしており、同時8倍焼きx3台とか無茶なこともやっていた。この当時のCD-Rドライブはとにかくフル回転でものすごい勢いで3台同時に同じデータを焼きまくっていた。特に58Sの焼きっぷりはすごく、間違いなく1,000枚オーバーで焼いていたと思う。当然のようにこのドライブはまで手元に残っている。だが、Teacのドライブもコストダウンのせいか、この58Sをピークに少し頑丈さが落ちたような気もする。特にATAPIドライブからは露骨に低下しており、結構壊れたりもした。ちなみに532SはCD-RドライブでなくCD-ROMドライブ。当時その優秀なリッピング性能と評判でそれを見越して買ったもの。なかなかの精度だったけど、CCCDリッピング失敗の後不調になりぶっ壊れてしまう。他にもファームの不具合でWAVリッピングが1倍速とか言う地獄のような事案に遭遇したこともある。あれは悲惨だった…。あと、壊れた後に少し時期がたったあとにヤフオクで探して新品で2台めを購入し、こっちはファームも最新にしてWAVリッピングも通常に使っていた。一応こっちはまだ手元に残ってたりする。

ATAPI時代のドライブ遍歴がこちら。Teac CD-W524E → W532E → W540E → LITE ONのDVD-ROMマルチCD-RWドライブ。この頃になるとSCSIも足かせになってきていて、また、USB2ですでに外付けのDVD-Rドライブを買っていたので、Pentium4マシンに変更する際に思い切ってATAPIドライブに切り替えた。同時にほぼすべてがCD-RW対応型のドライブにもなっていた。が、この時代のCD-Rドライブは本当にあまりいい思い出がない。最初に買った524Eこそ可も不可もなかったがTeac特有の強靭さや安定さは鳴りを潜め(そもそももはやこの頃になると焼きミスなんてめったに起こらないような時代になっていた)その後買い替えた532Eは本当にひどかった。買って一年もしないうちに故障。保証で買い換えようにもすでに在庫が無く、上のモデルの540Eを代替機で準備してくれたけど、それも1年ちょっとで故障。540Eに関してはTeac内製ではなくOEMになってたという話も当時ちらほらと聞いた。Teac神話もATAPIになって完全に崩れたなと確信しましたよ。その後LITE ONの妙なマルチドライブを数年使った後にS-ATAのDVD-Rに移行。1回買い替えた後、BD-Rに移行しこちらも現在2台目。

CD-Rドライブはとにかく初期の90年台後半に買ったときが一番おもしろかった。まだ音楽CDも元気よく、同時にCDゲーム機が増えてきてそういう意味でも楽しめたものだ。データも700MBの容量には十分な時代で交換等も簡単にできてたし、なによりWindows用ゲームもCDに移行していき、またPSやSSでも頑張ればアレヤコレヤと出来る時代だったのだ。音楽CDにしてもまだCDプレイヤーが全盛期の時代で、10秒の音飛び防止機能(後期は20秒まで行ってる)が付いていた機種もあり、ベスト・アルバムを編集して作成したりして本当に楽しめた。一般的には音楽はMDが普及しており、そっちを楽しむ人も多かったが、なにせMDは録音するにもコンポを用意すればいけなかったし、持ち運ぶにはコンパクトMDプレイヤーが必要。またMD自体が少し耐久性も低かったため、安価なCD-Rを音楽CDに使って同時に安価になっていたCDプレイヤーを利用したほうがコスト的にも安かったし、楽だったのだ。あと壊れにくかったし。

まさにパソコンの進歩とともに、音楽CDのちょうど絶頂期に登場したCD-Rドライブはそれまでのパソコンのあり方を買えた周辺機器であったとも言える。今でもBD-RやDVD-Rドライブの下位互換としてCD-Rドライブ機能ももちろんついているし、未だに一部ソフトではインストールディスクとしても使われている。そして初期の進化を目の当たりにして一番楽しめた時代に触れた自分は本当に幸せだったんだなと思う。